2009年11月14日土曜日

一日一クッキー

晴天で季節外れの暖かさのなか、窓の外をうらめしそうに眺めながら、勉強内容が頭に入らずパニックで目の前チカチカの週末です。勉強休みを兼ねて、弟が来たときに奮発して買って以来冷凍庫で化石化してた鯖の残りで味噌煮を作ったのですが、脂が古いのか(じゃなくて古いんです)ちょっともたれ気味。

日本では、外食していないときはビールと生キャベツに味噌、と焼き鳥屋のお通しのような情けない自炊生活でしたが、(たまに狂ったようにストレス料理はしてましたが)外食も実家で栄養補給することもできなくなった今、節約主婦も顔負けの生活をしてます。ダシガラで佃煮作っておにぎりを弁当に持ってったり、野菜のしっぽできんぴら作ったり。
酒をひかえて、甘党にもなりました。ケーキ食べ放題ビュッフェにも、ビールとピクルスで付き合ってた今までの私では考えられないほど、体が甘いものを欲します。砂糖と脂肪でできてる国で、そうきたか。気をつけないと、大変なことになりそう。なりつつあります。


最近教授に将来の相談等をしているのですが、改めて自分の特殊状況に唖然としています。
留学生はいる、キャリアチェンジや家族持ちの年上学生はいる、アメリカの司法試験を目指す外国人コース(自国で法学の学士号/弁護士資格取得済み限定)の学生もいる。しかし私みたいに微妙にどこにも当てはまらないとなると、的確なアドバイスをできる人がいない。キャリアカウンセラー、労働法の教授、移民法の教授、国際法学センターの局長、いろんな人に話を聞いても、結局誰も何も知らない、分からない。日本の役所か、ってほどのたらい回し。
何が可能なのか、何が有利なのか、何ができて何が多分無理で何をあきらめるべきなのか、「アメリカは可能性の国だから」がいい年こいた外国人に当てはまらないことも理解してないんだなあ。やってみなきゃ分からない、は30代で財産使い果たしてアメリカに残ろうとしているグリーンカード無しの独身女にとって、どのレベルの「分からない」なのか判断を至急要することなんだけれど。

頑張ってどうにかなるものなのか、ダメージを最少に押さえるため放棄するレベルのものなのか。半分マジメに、「結婚で永住権を解決する選択もある」と教授に言われたときは、泣きたくなりました。一体何やってんだろう。

労働ビザを取得できず泣き泣き日本に帰るケースを、どれだけ見て来たことか。日本で多分一番まともなインターを出ましたが、日本国籍の同級生で、結婚や、転勤でなく自分の力でビザを勝ち取った人は、1%に満たない。UNで外交官ビザを持ってる人たちはかなりいるのに。金持ちの親が会社を立ち上げてくれて、そこで役員ビザ取得、という方が多いってどういうことでしょう。アメリカに残るため、永遠と学生をしてる人もいます。弟も「ウチはビザ発行しないから」と何社からも言われ、MBA後アメリカに残ることを諦め、日本で外国に出るチャンスが多い外資系企業を目指す方向転換をし始めました。

そこまでなぜアメリカに執着するんだろう。親だってどんどん年とって行く中、家族もいない、知り合いもいない外国の地方都市に、こじつけの大義名分でよりによってロースクール!
ぬるま湯に浸かってることが何よりも恐ろしかった。可能性の国だからこそ、30代でゼロからスタートするシステムがあります。その後は知ったこっちゃねーよ、と突き放される外国人ですが、やってみてから諦めるのならまだしも、体にまとわりつく窮屈さを我慢しながら日々過ごすには早すぎる、と思ってしまいました。飲み友達の酒の肴にしかならない経験値ばっかり稼いで、どうしようもない立場に身を追い込む性格も、年と共に落ち着くかな、とあまり期待しないながら思ったり。
言うはやすし、と後先考えず頭から突っ込んで、途中でゲロゲロな状況に陥る自暴的な浅はかさは、主要栄養素がエタノールからグルコースに変わっても、改善の兆しは見えません。自業自得もいいところ。

さてと、熱湯に戻って人生を謳歌します。

2009年11月3日火曜日

カウントダウン

今年も終わりに近づいてきました。
秋刀魚無しの秋を11年ぶりに迎え、同じく久しい期末試験が目前に迫っています。
恐ろしやロースクールのクラスは、レポートや中期試験は一切なし、一発試験で成績が全て決まります。
成績ベースの奨学金でどうにかやりくりしている身としては、日々の勉強で溺れそうになってるのに、今までない本気レベルでプレッシャーです。

と共に、夏のインターンシップ探し活動も今月から始まります。
全米弁護士協会に属するロースクール(ほとんど)のルールとして、一年生は11月まで就活禁止という規定があり、今月の解禁と同時にキャリアカウンセリングや、インターンシップ先探しが始まります。実際には12月の試験があるので、本気モードは1月かららしいのですが。
牛泥棒専門の村弁護士を夢見て渡米しましたが、現実的には結局国際的な何か、じゃないとビザがおりないんだろうなあ。妙なジレンマを抱えて、睡眠不足の日々が続きます。

アメリカは、今医療保険で国が割れています。
日本の格差論争の10倍くらいの勢いで、この国の根本的な精神と現状のギャップが明るみに出ています。思うことは様々ですが、なるほどと思ったのは、訴訟社会と言われる元に、この医療保険が大きな役割を果たしていること。

マックのコーヒーの件もそうですが、交通事故や医療事故でも、訴訟を通してでないと保険会社から保険金を取れずに泣き寝入り(=治療費によって自己破産)という仕組みになってる米国。
日本のように、よほどのことが無い限りみんな何らかの保険に入ってて、とにかく怪我したら自己負担は最小限に押さえられるセーフティネットがアメリカにはない。治療費が大幅おりるのならば、わざわざ金と時間をかけて弁護士を儲けさせることなんて、誰もしたくない。

事故にあったら、まず自分の保険会社と戦って、自分に責任が無かったことを証明しないと、治療代が出ない。じゃ誰が悪いの、ことになり、相手が必要になる。車の衝突事故だったら簡単ですが、よそ見運転だったら、あそこにあんな看板をおいた会社、飛び出して来たガキの親、運転中にヒールが折れる靴を売りつけた店。自分に責任がないというなら、誰にあるかを証明しないと。保険がおりたとしても、医療費が冗談のように高いアメリカ、補償額を超えてしまった分の治療費はどこから捻出するか、ってことにもなる。
保険会社はできるだけ相手側(個人の資産なんてたかがしれてるので、狙いは相手の保険会社)に払ってほしいから、話がこじれたら、「じゃあ法廷で責任所在を決めましょう」ってなる。裁判事件名が Smith v. Jones となってても、 ジョーンズ氏が負けた場合、賠償金を払うのは、ジョーンズ氏個人ではなく、保険会社。実際はソニー損保 v. 東京海上、みたいなことなわけです。
英国が国民健康保険を始めることに一番反対したのは、弁護士協会らしい。

国会で決めた民放以外に、法廷先例や習慣に基づく、common lawというシステムを使う英米国では、法律が裁判官の判断に任せられるところも大きい。マニュアル化されてない分、争い勝ち、ってところもあります。州によって、法律が全然違う、ってのも法廷で争う余地を作ってます。

歴史の浅いアメリカで、一番不法行為法の発展に貢献したのは、鉄道会社だって。それだけ事故が多く、損害も多く、法的責任の所在を判定する方式などの基本は、汽車ポッポがモクモクと大草原を走り回ってた頃に、数々の法廷を経てできた、ということです。
今は車だな。不法行為法の授業のほとんどが、交通事故関連の事例です。



気温が定まらないので、中途半端な紅葉がアメリカっぽく青空に映えます。

2009年10月15日木曜日

D*E*N*I*A*L

一ケ月もアップせず、のぞきに来てくれてる方々には申し訳ありません。
毎日坦々と過ぎているのですが、まさしく頭の中で小さな嵐が始まりそうになると、見ないふりをしているため、一つの考えを最後まで考え抜くことを拒否しているので... 文章におとすような完結したものがない。
あまり頭を覗き込むこともしたくない、という情けない状況です。あらら。

今日は、本来30分もあれば終わるような宿題に2時間近くかかり、ちょっとマジメにへこんでしまいました。平日は最高2日に1本と決めていたビールも、今日は2本目。あまりにイライラするので、滅多に食べない甘い物でも買おうと、コンビニに行って、チョコの代わりにタバコを買ってしまうヘタレ具合です。
やけ食いもまともにできんのか...

学期もちょうど半分を過ぎ、かなりパニックってます。
大学まで勉学は結構楽にこなして来た方なのですが、ロースクールに入るLSAT(センター試験のようなもの)をはじめとして、地方都市の2流学校でここまで苦しんでる自分にまずショック。

LSATは仕事のせい、と言い訳してたけど、こうなったら自分の頭の衰えしか理由はないか。
そのうえ、いろいろためした結果、睡眠時間が最低でも7時間ないと次の日全く頭が機能しなくなったことにも唖然。
徹夜回復に72時間かかるってどういうこと??? 

今日初めて、司法試験についての説明会に出て、恐れおののいております。
ロースクールの期末試験は、特に一年目はホントに恐ろしいものらしく、テストに向けての心の準備ノーハウの本もたくさん出てるらしい。
先週末弟がビジネススクールの試験を終えて、やつれた顔でタカリにきたのですが、彼が言うには、JD(Juris Doctorate--ロースクール卒業資格)とMBAを並行で勉強してる同級生が、「MBAテストなんて、JDの期末に比べたら冗談みたいなもん」と鼻で笑ってたとか。
で、今日聞いた話では、司法試験はもちろん期末試験なんか笑っちゃうもの、って。

やっぱりこれをこなすには、大義名分が必要になるわけだなあ。
LSATが終わるまで、学校に入るまで、日々の勉強をこなすまで、で今は期末試験が終わるまで。
整理しなくてはいけないことを、ずっと後回しにしてきたツケが、当然ですがじわじわと足下から忍びよってきてます。

でもでも本当に今は、期末試験まで他のこと--人生とか--考えてる暇なし。
特に、成績ベースの奨学金取られちゃったら授業料払いきれないし。
余裕無さ過ぎ。潤いゼロの人生です。

2009年9月17日木曜日

真夜中のパーティ

最近夜の寝付きが妙に悪く、属にいう「金縛り」に連夜悩まされています。

昔から神経が高ぶってたり、不眠症気味のときによくあるsleep paralysisですが、科学的な根拠が分かってても、不愉快なことには変わらない。

お兄さんが窓の外をよじ登ってたり、部屋の隅でガキが騒いでたり、鳥が頭をかすめたり、足がふあっと浮いたり。

幻視・幻聴だけでなく、リアルな感触もあるから始末悪い。長年の経験の末、気色の悪い体感幻覚を、意識して足つぼのマッサージとかに変えることもできるようになるほどまで慣れたんだけど(すごく訳の分からないなこと言ってますね)できないときは、無理矢理頭を覚醒させて、目を覚ますしかないわけです。でも、まだ半分寝てる体と頭を意識して起こすのって、恐ろしく疲れる。睡魔と戦ってデスクに向かってる感覚 x 100ぐらい。
ただでさえ一日5時間くらいしか寝てないのに、フラフラ。


って、餃子作りや幽体離脱ばかりしてるわけでもないので、法律の話を一つ。

アメリカ人の訴訟好きを語る上でよく出てくる、マクドナルドのコーヒーが熱すぎる、と訴えて莫大な賠償金(正確には$2.86 million)を勝ち取ったケース。もちろんアメリカでも行き過ぎた訴訟の例として知られています。
最近知ったのですが、言われてるほどメチャクチャなケースではなかったらしい。

まず起訴人ですが、70代のおばあちゃんで、運転中にコーヒーを飲むという無謀な行為でなく、助手席に座ってた。車の中でものをこぼしたことがある人なら分かるだろうけど、アチッてすぐ立って拭くこともできず、ズボンに染み渡った80°Cのコーヒーは、じわじわと、おばあちゃんの薄くしわくちゃな皮膚に、入院一週間の火傷を負わせた。皮膚移植まで必要な大事になり、完治に2年かかったらしい。

その治療代プラス損害ということで、$20,000ほどをマックに請求したところ、$800で我慢してくれ、と。で訴訟になったのですが、弁護士の調査によって、ここ10年の間700人ほどがマックのコーヒーで火傷を負っていた事実をマックが把握してたことが分かった。
しかし世界のマックからしたら、年間100人未満なんてゼロに等しい数字。Cost-benefit analysis上、少しでも熱いコーヒーを売ることによって増える売り上げと比べると、ビッグマックの商品券でも送っとけ、って処理してたわけです。完全な確信犯。

結局、陪審員団は企業の悪質行為と判断。罰するため下した3億円近い賠償金額は、裁判官が5,000万円ほどに減らし、実際おばあちゃんが手にしたお金は、示談で決まった6,000万円ほど。Wikipediaによると(もっとまともなリサーチをするべきですね)1-2日間のマックのコーヒーの儲けに当たる金額が当初の3億円らしいです。

これで、必要以上に熱いコーヒーが売られることもなくなり、テイクアウトのコヒーの蓋もしっかりしたものになりました。スターバックスとかでよく唇を火傷してましたが、あれより熱かったら、おばあちゃんじゃなくても大変なことになるでしょう。


そういやしばらくスタバなんて行ってないなあ。貧乏学生になったおかげで、毎朝手入れのおいしいコーヒーを飲んでいます。昔からラテとかあんまり好きじゃなかったし、店でもブラックだったしなあ。
でももちろん、行けなくなったから、行きたいのです。

2009年9月13日日曜日

Queen of procrastination

今週末は天気が良いと聞いてたので、野外ジャズフェスでものぞいてこようかな、と。
しかしながら前夜に使った化粧品にかぶれてしまい、顔がヒリヒリの真っ赤っか。ちょっと外を歩ける状況でなくなってしまいました。

ということで、化粧水マスクをしながら、一日中保存食作りに専念してました。肉味噌炒めたり、クズ野菜でスープ炊いたり、混ぜご飯の具を作ったり。あげくの果てには何を血迷ってか、餃子を皮から作るなどということをはじめてしまい、ロールピン代わりのビール瓶をゴロゴロ転がし、幼稚園児の粘度遊びよりひどい格好の物体を百個近く作った末に軽い腱鞘炎。放っておいたら自家製ソーセージでも薫製してそうな暴走ぶりでした。
ずーっと食材をいじってたので、夜は何となくお腹いっぱいでビールでおしまい。食べ終わるのに半年かかりそう。


で、土日と本を開けずにいて、日曜もほぼ終わりという頃に、やっとチンプンカンプンな契約法を読もうかな、と思ってブログを書き始めた次第です。
期末テスト前日や、原稿締切り前になると、歯ブラシ一本でトイレ掃除を始めてたことを思い出します。「ウチのトイレは床で食事できるほどキレイよ!」とか一人悦に入りながら...

明日できることは今日するな。昨日すべきだったことも、明後日にできるはず。死すべき運命との不毛な実存主義的戦い、と考えたいです。

2009年9月1日火曜日

犬とトカゲ

学校が始まってからはや一週間半。
何が何だか毎日が頭の上を通り過ぎてるような、トレッドミルで転ける寸前をキープしてるような。
とにかく日々のリズムがつかめないであたふたしています。

今のところ、毎朝7時起床。
2キロ程しか離れていない学校へのバス通勤が、ここでは10分から1時間かかります。
なぜなら、時刻表に提示された時間はあくまでも参考、5分から50分のゆとりを持った安全運転を心がける運営なもんで。百科事典並みの教科書を数冊とラップトップを背負ってなかったら、歩いた方が数倍速い。
4時頃まで学校で、帰ってきて仮眠、家事、勉強、夕食、勉強、ベッドに入ってまた勉強。2時頃やっと消灯。
働いてた頃は、メチャクチャな時間でも、仕事終わったらオン・オフの切り替えができたけど、勉強は終わりがない。要領がつかめてないってこともあるんだろうけど、エンドレスな復習予習のサイクルはきついです。

エネルギーに溢れ、目をキラキラさせた学生たちと、中西部の肉と芋で育ったピッツバーグっ子は、とっても暑がり。バスも教室も図書館も、冷房ガンガンです。代謝の悪い日本のおばちゃんは、ババシャツとトレーナーを着込んで、1時間おきに日光を浴びないと、震えがきてしまいます。

勉強内容は、興味深い。
刑法も、契約法も、不法行為法も、当たり前だけど兎に角ロジック一筋。法律を覚える前に、徹底的に、論理的に物事を考える、理屈で理屈を覆す思考に慣れる、ってのを叩き込まれます。
性格的に、嫌いじゃない。
ふと、日本のロースクールってどんな感じなんだろうな、と考えます。


もう9月なのね。
3年なんて経つの早いんだろうなあ。その頃の自分の生活も環境も、想像もできません。
学生に戻ると、やはり未来がとっても遠く感じます。

重くも感じるのは気のせい。

2009年8月20日木曜日

大人であること

今日がオリエンテーション初日でした。

250人ほどのクラスで、4割強が女性。アジア人が6、7人、全部女性。アジア系アメリカ人でなく、みんな中国・台湾・インドの留学生! 黒人が1割いるかいないか。大半がピッツバーグもしくはペンシルバニア州(主にピッツバーグ周辺の西部)出身。平均年齢24歳くらいかな。最年少が21歳、最高が30代後半。留学生は10人未満のよう。

今日は、ロースクール、法曹界へようこそ。教授や2年生、3年生がいろいろ新入生の期待と不安を高めたり沈めたり。

勉学やキャリアに関して以外は、「プロフェッショナルな人間として」=大人の振る舞いについての説教。
「大人としてどうかな、と少しでも思う行動だったら、止めましょう。」

特に司法試験を受けるときに人格監査みたいなものがあって、法に触れた過去等があると問題視されるから、らしいのですが、しかしまあ、合法的に飲酒ができるようになって2、3年の子たち(ロースクールの先輩)に「お酒は社交的潤滑油だし、ぶっちゃけ酒なしでロースクールありえないけどオ...」とぶっちゃけられるのは、とてもシュールな体験でした。

端々で耳をすましていると、「オレのフルタイム働いてる友達なんて、大学の専攻と仕事内容なんて関係ないって言ってたぜ。」「大学のサークルでの飲み会でさあ...」

もしかしたら、勉強よりかなり違うところで苦労するのかな、と思ったりした一日でした。

2009年8月19日水曜日

巣作り

TargetとIkeaに毎日通ってた日々も今日でおしまい。車を返してきました。
そのままレンタカー屋からダウンタウンでも行こうか、とバスを待つこと一時間。
着いたら着いたで10分おきの大雨。

せっかくのPoint State Parkの景色も雨宿りの木の下から。
3つの河口の合流点、ジョージ・ワシントンが目をつけた、という由緒正しい砦跡らしいです。
でもミュージアムは閉まってるし、私たちはアヒルを追いかけて、雨よけにメリケン粉たっぷりのカニ/オイスターコロッケをビールで流し込むくらいしか能無し。車を維持する費用を考えたら、ま、いいか、と。
縦列駐車も一人じゃできないし。

どしゃぶりの中帰ってきたマイホーム。
テレビがない生活っていいですね。



昼寝部屋の左隣がダイニング兼勉強部屋です。
一応勉強部屋を強調しておきます。



夜はかなり怪しい飲み屋に変身。こんなダイニングバー、西麻布辺りになかったっけ? (モデルは無視)。

明日はオリエンテーション。
3ケ月の夏休みがあと12時間ほどで終わります。

ちなみに。
ピッツバーグの夜景を全米第二位と称したランキングの第一位は、アリゾナのRed Rock Countyでした。色んな意味で「?」ですが、雑誌記者の経験者として、まあ、ランキングなんてこんなんだったよな、と。マスコミのトラベル特集とメディアリテラシー論について語るには明日の朝が早すぎます。

2009年8月15日土曜日

全米一住みやすい町の全米第二にロマンチックな景色

やっと観光らしきことをしてきました。


高所恐怖症にはかなりきついケーブルカーに乗り、
見えた景色は...

夜は、誰が決めたのか「全米第二にロマンチックな夜景」。
ディナーはNY Timesにも掲載された夜景の美しいデートスポットで、ロイヤルホストに毛が生えたようなパスタとナマズを食しました。

次の日は製鉄所の元倉庫街、今はエスニックマーケットやレストラン、バーが並ぶ繁華街となったStrip Districtの朝市を覗いてきました。


並んでまで入ったダイナーは、今まで食べたエグスベネディクトの中で一番うまかった。

従兄弟は朝からステーキ食らう異国人に目を丸くしてました。うっかりオーダーしてしまったbreakfast burritoにも。でも思ってたよりさっぱりしてて、ペロっと平らげられるほどおいしかった。



今晩は、中華マーケットで買った豆もやしでナムル作って、オイスターソースでレタスでも炒めます。財務上の理由で菜食主義を強いられてますが、もやし1パックで$1.39はちょっと高いぞ。

2009年8月11日火曜日

へろへろ

とっても写真の撮りにくいレイアウトです。
異国の地に来てちょうど一週間経ちました。
全ての意味でまったくゼロからから始める生活は...

引っ越しってこんな面倒くさかったっけ???

エレベーターがない四階ってこんなに疲れたっけ?

アメリカってこんな物価高かったっけ?
身分保証ってこんなうるさかったけ?
十何年前の大学生の頃と比べると、景気も悪いし、外人に対しての規制も厳しいし、何より自分が十数年年とってたことが腰にきます。

助っ人に同行してくれた従兄弟がいなかったら、一体どうしてたことやら。
運転が下手なのは、今始まったことではないので、当たり前のように縦列駐車も毎回二人がかりです。

で。一番のショックが。
領事館もない田舎に来たことは承知だったとしても、この州の酒類販売規制についてはリサーチ不足でした。
まだ詳しいことはよく分からないんだけど、まず、大半のレストランに酒を置いてない。
取り扱い免許が難しいらしく、ほとんどがBYOB (bring your own booze)で、知らないで持ち込みがないと、ただでさえ大味な食事を、水で流し込むことに。

おまけに、州の酒類管理局運営の販売店でないと取り扱えなく、スーパーやコンビニはまったくドライ。

極めつけ、やっとこさ探しあてた販売店ではワインと蒸留酒なら売ってるけど、ビールとなるとなぜか、数件しかないビール取り扱い専門店でケース買い(24本)するか、バーで半ダースをテイクアウトするかどちらか。量的にもそれ以上もそれ以下もダメらしい。で、違う種類を詰め合わせてもらうのもダメ。あくまでも、一種類を24本買うか、6本ぶら下げてとぼとぼ帰るか。


レンタカーをあと一週間で返さなくてはいけないんだけど、それまで部屋の1/3をビールで埋め尽くすしかないのか。効率を考えて、ジンとウォッカを主に三年間過ごすことにするか。

由々しき問題です。










電車もタクシーもないので、結局落ち着くのは家ビールに野菜スティック。
でもセロリがおいしいので幸せ。

2009年8月2日日曜日

何を道連れに


いよいよ明後日に旅立ちが迫ってきました。
この2ケ月間人生最高体重を日々更新、半年分ほど食いだめをしたところで。

一体どんな僻地に行くんだ、ってほどみんなに無理矢理時間を作ってもらって、つくづく幸せなやつです。会い損なってしまった人や、まだまだ飲み足りない、語り足りない大切な人がたくさんいますが、後ろ髪引かれるくらいがちょうどいいのかしら、なんて驕ってみたり。
ジョッキ越しに見てた大好きな人たちの顔と声を力に、頑張らなくちゃ。

今ここが何かの終わりなのか、始まりなのか。
これから上るのか落ちるのか。

分かっていることは、ipodにそこらにあった邦楽をつめながら、いつの間にか母の歌謡曲コレクションがしっくり来る年齢、というか人間になっていたこと。故に軽く目眩。
五輪真弓は百歩譲って許容範囲だとしても、テレサテンはいかがなものか。
3x歳の独身娘と、主婦歴3x+1年の母がお互いそっくりな低く音程はずれな声で、「スキャンダルは男のくんしょー」とうなりながら皿洗いしてる姿は末恐ろしいものがあります。





「早く片付けて布団敷いてよ。」